デザイン企画
デザインプロデュース
建築、内装、グラフィック、WEBデザイン FFE(家具・備品・家電等)、アメニティ、プロップス(演出用小物)、ギブアウェイのセレクション及び調達 、デザイン
プロダクトデザイン(バスローブ)
Planning, Produce, Creative Direction: KENICHI OTANI
Architecture design: SHINYA IWAMI
Interior design: KOJI KOYAMA
Lighting design: ICE TAKEISHI
Graphic design: SEIJI HARIYA
FFE&Corresponding:SHINO KIMIYA
Garden design & Bathrobe design:KENICHI OTANI
All photography by Nacasa & Partners Inc.
京都で町家をリノベーションして一棟貸しの宿にする、という今や汎用化してしまっているスタイルの宿。しかも既に淘汰すら始まっている町家活用の手法。かなりの後発で、好ましい言葉ではないが、”差別化” が必要なプロジェクトだった。
施設名は“suki1038高台寺”。
同時に3つの客室のプロジェクトが進行したこともあって、いつものようにバンド(チーム)内での部屋(物件)の呼称として、それぞれの部屋の名前をつけた。
晴天の日、気候の穏やかな日の価値観だけではなく、悪条件と思われる天候気候でも美しさや旅の愉しみを発見できるキッカケを提案したい、特に京都旅であれば、尚のことその愉しみ方を知ってほしい、という想いから。
天候、気候の変化を象徴的に表す言葉として、水の変態を名前にした。
当該部屋は、京都でも特別な立地、石塀小路にあり、suki1038のフラッグシップになるであろう存在から、多くの天候の元となる雲の顕れから、雲、KUMOと名 、“KMO”と表記した。
伝統的建造物群保存地区の石塀小路のどんつき、高台寺圓徳院と隣接する長屋の妻側の一軒(一区画)。 外観においては、見えるところ見えないところかまわず京都市景観課による慣例的な解釈と条例による厳しい規制の対象となったが、同課と共に法の解釈を探り、前例を掘り、美しい佇まいで歴史的背景を踏襲していることを目的に正解を捻出した結果である。想いは一つ、京都の保存。
京都の町家において、そのリノベーションの手法の多くは、間取りをそのままにして、襖に現代和風の絵を描いたり、90年代に流行ったカフェのようなキッチュなタイル使いをしたり、床をフローリングにしてまたまたカフェのような小さい家具を置いてみたり、とつまりは仕上げをペタペタと変えているに過ぎない。そんな状況を見ていた。
高級を謳い、高級な素材を使っても、そんな貧相な手法ではガリガリ君のリッチにしかならない(※ガリガリ君のリッチは夏の銭湯あがりには絶好のアイスだ)。友人のデザイナーのように特別なセンスと特別な人脈で豪華絢爛、ラグジュアリーな空間を仕上げられるのは稀な例である。
私たちは、特に、玄関からのドレスルーム(着替え室)、ドライルーム(洗面室)、バスルーム、ベッドルーム、の関係性を重視して、その関係にリビングとトイレ、和室、庭を配した。
特に、重視した流れは以下の6つ。
A. 宿に入室後すぐに、ドレスルームに入り、スーツケースの荷物を全てクローゼットに収納する。
バスローブに着替える。
ドライルーム(洗面エリア)を通って
そのまま、風呂に入る。
ウエルカムのワインを飲みながら、夜のプランを立てる。
B. Aの動線とリビングは完全に分ける。Aの動きをリビングにいる人は知らない、見ることもない。下着と着替えを持って、”お先にお湯をいただきます”と同伴者の目の前を通り過ぎることはない。
C. ドレスルームから寝室の移動もリビングを通過することなく単独の動線とする。”先に寝ています”、と声をかけて、ベッド着でリビングを横切ることはない。
D. 夜中にトイレに起きたとき、朝にトイレに起きたとき、数時間前に使用されたバスタイムのせいで濡れたしまった床を踏まずにトイレに辿り着く。濡れた足でベッドに戻りたくない。
E. 寝室からトイレまではなるべく段差なく移動できる。メガネをかけずに、酔っ払って、寝ぼけて移動するときもあるので。
F. 寝室、リビングからはトイレは単独に存在し、音を聞くことはない。もちろん、寝室、リビングから直接便器が見えることはない。
以上
が基本の考え方である。
他には、最初に入室した時のアミューズ、浴槽やリビング、和室からの庭の景色や、日本家屋独特の靴の脱ぎ履きのタイミングを考慮するのはいわずもがな。
最後に、贅沢な時間を過ごすための空間には、なるべく広い空間が定石であるが、それよりも空間のつながりを担う廊下と廊下の先の景色、廊下の先の空間を想像させることに気を配って間取りを考えた。
廊下の先には、次の空間のコンセプトが少しだけ顔を覗かせる。
ドラマチックな廊下になっているはずだ。
ウエルカムの気持ちをこのショーケースで表そうと、フルボトルのワインや、入手困難な上生菓子など、フリーにて振る舞うものを陳列することができるフルハイト、タワー型のガラス什器をデザインした。
宙に浮かんだシャンパンクーラーやシャンパンボトル、和菓子越しに庭の梅や蘇鉄、琉球石灰岩を覗くことができる。
鮨屋の冷蔵庫のように、最上段に木桶に入れた大きな氷を置いて全体を冷やすことができるように、棚には冷えた空気が降りていくスリットが入っている。
この什器のデザイン開発中に、電気を使用して什器内全体を冷やすことができる冷蔵ショーケースも開発、デザインした。
今回は使うことが出来なかったが、次回以降、このような機能を必要とするプロジェクトがあった時には採用したいと思う。
一棟貸しの宿で、スタッフがその場にいないスタッフのホスピタリティに頼ることが難しい宿でありながら、高級、高額を達成しようとすると、最初に入室したときの、おもてなしのアミューズは必要であろうから。
外出から帰った時も、自分たち用にお迎えのセッティングをしてもよし。
玄関ホールを入ると左手には4色のグリーンで色分けされた格子が天井まで伸びているのを見ることができる。
室内ではあまり見かけることのないグリーンを思い切ってふんだんに使用した。
京都の町家の典型的な構造は、外の通りから入室すると最初の小上がりの見世とその前の土間空間、いわゆる半公共空間から、暖簾をくぐって、おくどさんが並ぶ通り庭とそれに面したリビングダイニングの和室、いわゆる私的空間の二重構造となっている。
KMOの建物もその二重構造に倣ってみた。
建物に入ると、グリーンの格子で覆われるもう一つの建物がある、といった具合だ。そのインナー建物の外壁にあたる壁は、外壁よろしくスサの入った土壁風を装った。
グリーンの格子には、当該プロジェクトの名前、suki、数寄、ということから、茶室の心得、”市中の山居” を象徴的に表現したい、という想いも込めた。相対する階段の手摺はそのグリーンの格子とデザイン的に呼応させ、羊羹のような深い小豆色とした。
琉球石灰岩のサンドベージュと床のチャコールグレー、土壁の色と相まって、非常にスモーキーな配色となった。
各所でアドバイスを頂いた京都在の数寄屋建築の棟梁からは、笑顔で ”数寄だねえ”と褒めの言葉を頂いた。理解者の心からの評価は嬉しい。
明かりは、南面に堅牢に組まれた格子の隙間から入り込む。
数寄のデザインに相応しくない太い格子の見付寸法であるが、これだけの空間には、細い格子よりも寧ろこのぐらいの見付があった方が良いと感じる。実はこちらは、構造補強の壁。
進行方向、玄関ホールの先には、左空間に展開するドライガーデンが見えてくる。
次の空間に誘われるように前に進んでほしい。
琉球石灰岩の壁から突き出したプロップス用の棚は、沖縄名護市役所の建物背面に備えられた無数のシーサー台へのオマージュ。当初は私たちもここに沖縄読谷村在のシーサー作家に、犬とキジと猿の置物を作ってもらう予定であったが、施主承認とれず。
現在は、折り紙のコンプレックスモデルのアーティストに、同様のモチーフで製作してもらったものを鎮座させている。
荷物を少なくしたい旅といえども、少なくしきれないのが靴だ。
日常使い、ドレスシューズ、夏の場合には、革サンダルやビーチサンダル、雨の日の靴、等々。女性となれば、計り知れない。
スーツケースに入って少々潰れ気味になった靴たちを、すぐに余裕をもって保管できるシューズボックスが必須と考えた。
棚は少しだけスラントさせて、靴屋さんに陳列されているような華やかさを演出した。
神社仏閣の敷地に出入りすることも多かろう京都では、帰宅すると靴に埃が被っていることも少なくない。
簡単ではあるが、手入れもしていただこうと、FFEでは、なかなか手に入れることも難しい日本橋 ”江戸屋” の花馬毛の埃払いのブラシを用意している。
ちなみに、靴の脱ぎ履きの多い京都では、レースホールの多いレースアップの靴よりも、ローファーのようなスリップオンタイプが便利だ。
photo by OffceRansack
当該プロジェクトsuki1038の重要なデザインコンセプトのうちの一つ、ドレスルーム。
私は、長期短期、リゾートビジネスに限らず、ホテル泊の場合は自分のものを一箇所にまとめて置いておく、ということを心がけている。忘れ物を防ぐためが最大の理由であるが、美しく緩やかな客室に、移動の雑然とした空気を巻き込みたくない、という理由もある。
特に避けたいのが、リビングや寝室にスーツケースが中身もはだけたまま乱れていることである。
客室全体のハブとなる空間をドレスルームとした。
ドレスルームからドライルーム、そして浴室へ。
ドレスルームからベッドルーム。
客室に入室したらまずは、ドレスルームに全ての荷物を収納する。
そうすることで、ドレスルーム以外の空間には、その時に必要なもの以外は持ち込まずに済む。使い終わったら、また、ドレスルームに戻したい。
そのためのクローゼットのデザインスペック。
photo by OffceRansack
当該プロジェクトの最も支配力のあるコンセプトは、贅沢でいつでもバスタイム、である。KMO, AME, YUKそれぞれに異なる使い方を想像できるバスルームをデザインした。
ここ、KMOのバスタブ前の3枚引きの大きなガラス戸は引ききることができる。庭と一体化したバスルームは、デッキを通じてリビングへとつながる。
バスタブは十和田石。二人が肩をぶつけずに並んで入るに十分なワイド寸法。長時間入ってもらえるよう、半身浴もできるよう、浴槽の中には一段ベンチを用意した。
気にしたのは景色を眺める方向に深いデプスのヒバのエプロン。このエプロンサイドにグラスもワインクーラーさえも置ける寸法とした。グラス越しの庭の写真も撮れる。
琉球石灰岩の壁には、マヨルカタイルを埋め込んだ。
京都市内に銭湯数あれど、威風堂々は一番であろう紫野にある船岡温泉の壁一面にはマヨルカタイルが使われているのを知る人は多いはずだ。大正期のタイルとは言わないが、異国が薫るアンティークのマヨルカタイルをなんとか6枚集めた。
風呂上がりの濡れたままで使用されることを想定し、そもそも外部デッキの延長で、屋根とガラスの窓がついたアウトドアリビングとして存在しているリビング。
家具もクッションも雨対策を施しているものを選定している。
クッションは不要なほどにたくさん、惜しむことなく。カラーはトロピカルで。
天球よろしく大小の半球体を二つ並べ、有田風の火鉢に収まった小さな蘇鉄を浮かべてみた、枯山水庭園。
スペイシーなイメージを受けとってもらえれば本望だ。
手前の苔球には百両やらの茶花が散るように植えられている。
中の黒い半球では、炭入りのセメントで固めたものを掻きこんで、古い伊万里風の火鉢を割ってスクエアにして埋め込んだ。
このサイズの庭にはこのぐらいの蘇鉄がちょうど良い。季節には手前の紅梅越しに青い釉に収まった生命力たくましい蘇鉄が見えることだろう。
侘びと雅とモダンとハイカラとプリミティブ、これこそ、好みで寄せ集めた ”数寄” ではないかとデザインした。
実現してくれた中野天心氏の植木チームは、初めてのことを面白がって、私の要求に妥協することなく表現してくれた。最高のプロ集団だった。心強いバンドメンバーだ。
当該客室のある石塀小路というエリアは伝統的建造物群保存地区にあり、その名の通り、石塀を道路面から1400mm近く立ち上げた上に建物が建つエリアである。
その一段上がったところからさらに400mmほど上がったレベルに寝室の床、縁側があり、さらに500mm近く上がってベッドの上面がある。
格子の窓を開けて、ベッドの上から庭を見ると、徐々に下がっていくレベルがおもしろい。庭の垣根の向こう、大きく落ちた先ではどんつきの路地に迷いこんだ観光客の話し声が聞こえる。
既存の庭にあった杉皮の壁をそのまま寝室へと引き込んだ。
その前には、英建築家であるナイジェルコーツデザインのアルミの鋳物製のトルソー(を照明器具に改造しているもの)。ベッドのふんわりとしたファブリックとざらついた杉皮、鈍く光るアルミの鋳物。伝統的な和室と英国モダンのコントラストは気持ちいい。
広い天板に、敢えて洗面器は一つにした。
女性が持ち込んだヴァニティケースをセットして、思いおもいに自分の化粧道具を広げられるスペースを確保した。
外部用の濡れても良いスツールに腰掛けて、ゆっくりと存分に身支度を整えられるように。
洋服の吟味は連続するドレスルームに全て揃っている。
アメニティは、枯山水庭園の石を配置するように杉板の台に置かれた豆皿の上に収めた。この杉板の台と洗面器の下に見えるタオル収納の杉箱もオリジナルデザイン。
杉板の台は三宝のようで、高台にも天板にもテーパーがかけられ、意外にもダイナミックなデザインとなっている。
タオル収納箱はmax.4人分のタオルを収めることができ、1人分でも4人分でも容易に取りやすいように工夫された寸法と仕掛けが施されている。是非とも実際に使ってみてほしい。
photo by OffceRansack
photo by OffceRansack
この客室の和室は全3室の客室のうち、唯一の南面。そのため、畳の色は少し落ち着いた栗色、天井はほんのりと反射効果を目論んで、灰桜色とした。
和室には付書院、というのが私のこの数年のトレンド。畳の上には家具はなにもなく、畳は床ではなくゴロゴロできるタタミベッドとして利用するのが一番気持ちいいと思ってやまない。
付書院の向こうには外の景色を見ることができるのが原則。天板には適切な位置に電源やUSBのコネクトができて、奥行きはPC作業を行うに十分とする。
一番重要なのが、足元を掘り込んでいること。義政の頃の付書院(出文机)は天板が低く、その下が地袋になっているので天板の下にすら足を入れることが出来ない。姿勢が非常に良い時代の賜物なのだろう。
銀閣寺の国宝東求堂同仁斎の付書院の装飾の格別の美しさを本歌として、プロップスをスタイリングした。
ちなみに、写真では中央にちゃぶ台が写っているが、使わない時には、もちろん足を畳んで移動することができる。なにも置かれていない和室が出現する。
窓側の一部には、付書院の天板に噛んで、チェスターフィールドのソファが横たわる。このソファに横たわって、窓から外を眺めると、高台寺圓徳院さんの甍の波が段々と東山へと続いていくのが見える。
最初に現地調査をしたときから、この景色を生け獲るために、この場所にソファをセットしようと決めていた。
和室に顕著に現れるのだが、当該建物の柱の色には一工夫を施している。一般的には町家に限らず木造家屋のリノベーションとなると、柱の色は、既存柱の色と同じかそれよりもワントーン濃い黒に近い焦茶色で塗られることが多い。
当該プロジェクトのブランド名にもあるように、数寄、という言葉が使われているからには、農家、民家のように逞しい色よりは、スモーキーで儚い色ということで、黄味かかった鳶色、というのだろうか、そんな色とごく一部に灰桜色も使用している。暗い京都の町家にあって、ほんのりと明るく、瀟洒な感じを狙った。多色遣いは、コンセプトの好みで寄せ集める、という ”数寄” の解釈に倣った。