デザイン企画
デザインプロデュース
建築、内装、グラフィック、WEBデザイン FFE(家具・備品・家電等)、アメニティ、プロップス(演出用小物)、ギブアウェイのセレクション及び調達 、デザイン
プロダクトデザイン(バスローブ)
Planning, Produce, Creative Direction: KENICHI OTANI
Architecture design: SHINYA IWAMI
Interior design: KOJI KOYAMA
Graphic design: SEIJI HARIYA
FFE&Corresponding:SHINO KIMIYA
Garden design & Bathrobe design:KENICHI OTANI
All photography by Nacasa & Partners Inc.
施設名は“suki1038御所東弐”。
プロジェクトコードは “YUK”。YUKI、雪の意味。天候とともに季節も表す特別な存在の水の変態の一つ。
雪の京都の特別な美しさの解釈にあやかった。
KMOのように石塀小路に在り、八坂神社、高台寺といった観光地の中心にあるわけでもなく、荒神口にあり、同じ建物とはいえ、1階に在るAMEとは違って、なにかと不便をイメージしやすい2階に在る当該部屋 “YUK”。
寧ろ、この部屋に泊まってみたいために、観光地でもなく市街でもない、住宅地である荒神口まで上がってきて、さらにその2階を好んで予約する、という動機に相応しいデザインコンセプトを導入する必要があった。
見たことのないもの、写真で見るその空間を使ってみたいと思わせるもの、実際に見て写真に撮って拡散したいもの、を目指した。
この建物は一棟のように感じるが、実は、総二階の南棟と、同じく総二階の北棟を真ん中の平屋の新築棟でブリッジしている成り立ち。
1階だけで構成される“AME”ではその事実を感じることは難しいが、2階だけで構成される当該部屋“YUK”ではそれを感じることができる。
南棟(間取り図左)は北棟(間取り図右)のアネックスのように存在し、それらが中庭と渡り廊下でつながれている、という感じ方ができる。
ゆえに南棟のプライベート感は高まり、2グループで宿泊するのには相応しい間取りとなった。さらに南棟を眺めながら北棟に移動するストーリーにはドラマ性が生まれた。
その演出をサポートするように、建物玄関から北棟入り口までの行程は外履きの靴で歩くようになっている。
建物に入った宿泊者は、まず荷物を荷物用のエレベーターに乗せ、2階へリフトする。自身は階段で上がる。左側に南棟を見ながら緩やかな坂のある細い路地を歩き進めると、見たこともないグラフィックの枯山水庭園が現れる。木造京町家の2階で起こっていることであることを忘れてしまうかもしれない。母屋である北棟に入ると左側には外履きで利用するダイニングキッチンが垣間見え、まずは玄関でようやく靴を脱ぐ。そのまま正面の寝室に入っても、右に歩みを進めても、次に見えてくるのは、なんと1階に吹き抜け(吹き下ろし?)ている浴室だ。
誰もがここで感嘆の声を漏らしてくれる、はずだ。
“YUK”の間取りは町家建築の視点の高低差を楽しめる仕掛けが施されている。
3室に共通する間取りの基本的な考え方はKMOに記載している。
寝室と廊下から見下ろすことができる2層に吹き抜けている浴室。
当該プロジェクトsuki1038を通してコンセプトマテリアルとして活用されている琉球石灰岩が四方を囲み、2層を立ち上がっている。
1階からは庭へと空間が逃げているのも気持ちが良い。
ここが、YUKの一番の見せどころだ。
ドライルームでバスローブに着替えて浴室の階段を降りていくときは気分が高揚する。
平面的には広くない浴室であるが、庭方向を眺めるように設計された浴槽に浸かっていると、縦方向に広がった空間が実に開放的で気持ちが良いことに驚く。庭方向の窓は1層高さで抑えられ、その狭い高さから見えている景色ゆえに平面方向の拡がりも感じる。
消防の検査官含め京都在住の関係者何人かに、この浴槽に座り、浴室空間を経験してもらったのだが、suki1038の全部屋中、最も新鮮な驚きと実感のこもった開放感を聞くことができた。京都に住んでいながら「この部屋に連泊してみたい」という感想を何人からも聞くことができたのは、YUKのデザイン戦略を実現した私たちの自信となった。
ドライルームから浴室に入るとすぐにキャットウォークのような小さなスペースがある。同じ浴室に居ながら、二つの別々の空間を使いたい場合には有効だ。声を掛ければ話ができる。物理的には上下に空間を分かちている。
浴室での時間を愉しむ前室としてドライルーム(洗面室)がある。
ここで部屋着からバスローブに着替えて、浴室での時間の準備を整える。
奥に見えるのは、トイレ。
ドライルームの詳細はKMOに記載している。
寝室は、ベッドの両脇からベッドに入ることができる程度に、ベッドサイズよりも少しだけ大きいサイズが必要で十分であるというのが持論。その他の家具は不要。1995年の阪神淡路地震での被災を経験して痛感していることだ。
そうは言っても、息苦しいのは高級宿では許されない。建物妻側であるゆえに天井も屋根形状によって斜めに低くなっているYUKの寝室であるが、ここから見下ろすことができる2層吹き抜けの浴室がそれを解消し、開放感すら感じることができる。
YUKの一番の見せどころは浴室であるのは間違いないが、海外の方達も含めたクリエイティブクラスの方達に最も刺さるであろう箇所は、この見たこともない枯山水庭園の中庭だ。
20年以上前に京都東福寺本坊北庭の市松模様の実物を見たときに、なんて自由で控えた佇まいの枯山水庭園だろうと驚いた。重森三玲が昭和の作庭家であれば、この現代に、もっと自由に、もっと京都らしく、もっと現代を反映した、美しい枯山水庭園をデザインしたいと思った。
枯山水庭園は仏教の教えや世界を反映したモチーフが一般的であるが、重森三玲は宗教観を超えて一般性のある美しさや解釈が可能な枯山水庭園を作庭している。
今、新たに枯山水庭園をデザインするならば、さらにもっと神の視点で、万物への解釈、タイムレスな価値を採り入れたいと思った。
そこで、生物の形状や自然現象、さらには黄金比として多くのクラシックアートにまでも多く出現し、万物の形状や現象を解釈すると言われる、フィボナッチ数(列)を図形化したものをグラフィックに採用した。
京都は昔から物理と哲学の街。フィボナッチ数列は双方に通じる典型的な理論。うってつけだった。
見る人はここに、山や海や伝説の話だけでなく、あらゆる生物や自然現象、社会現象までも見ることができるだろう。
また、植物は、シロツメクサとした。当該プロジェクトsuki1038は高級宿、高額宿。宿泊者は現代社会と様々な場面で折り合いをつけていると想像できる。そんな折り合いを気にしなかった時代、幼少期の清廉とした気持ちを少しでも思い出してもらえたら、時間すらもトリップしてもらえるかも、という想いを込めた。
一面のシロツメクサ畑に座り込み、花飾りを作ったり、四つ葉のクローバーを探したりした時代を思い出してもらっても良い。
2階のYUKはシロツメクサで懐古的で女性的。1階のAMEの中庭は一本松で小さいながらもどっしりと根を構え、枝を大きく張る男性的なイメージと対とした。
先の中庭を付書院の奥に控える和室。
南棟に在り、一度2階に上がってしまえば、平屋の小さな一軒家に居るような感覚となる。襖を開けると外部に見立てた路地の片側を成す琉球石灰岩の壁が廊下の幅を隔てて在る。
和室に居ながら外部と浴室にしか使用されていない琉球石灰岩を見られるのは、和室を別棟一軒家に見立てているから。
デザインコンセプトとはいえ、ゴロンボと呼ばれる既存の無骨な木の大梁のある和室に居ながら、リゾート感溢れる琉球石灰岩がフレーミングされて視界に入り、付書院の奥には伝統的な竹穂垣とコントラストを成すように、幾何学的な枯山水庭園が見える、この空間は日本の古都とリゾート、伝統とタイムレスがフュージョンする愉しい空間となった。
北棟の玄関は、ドレスルームと一体化している。2グループが宿泊しても十分すぎるほどの靴箱が特別にデザインされたクローゼットと向かい合う。
奥に見える格子のドアは寝室のもの。ドレスルームで埃払いをして、廊下を一枚介してから神聖、清潔な寝室へと入ることができる。
その廊下を進むと右手にドライルーム、左手には2層の浴室を見下ろすダイナミックな空間構成を楽しむことができる。
ドレスルームのクローゼットと靴箱の詳細はKMOに記載している。
北棟に入ってすぐに、左に目を向ければ照明に浮かび上がるショーケースが顕れる。
ショーケースの詳細な説明はKMOに記載している。
外履きの靴で利用することを前提としたダイニングキッチンは、家具等で少しだけ外部感を感じられる演出とした。
どうしても抜くことや代替を考えられない既存の構造柱がちょうどダイニングテーブル脇に出てきてしまった。それをそのままに受けて、年月を重ねて煤けた色の荒い柱に対して、優しく、軽くデザインされた素地色の木のベンチを噛ませた。
ベンチへの出入りが容易なように背もたれはなく、バーカウンターのアームレストのようなオモテナシ・デザインとして、お尻受けデザインを施した。
写真家の仲佐さんが撮影しながら、この室礼に大きく反応してくれたことが嬉しかった。
おもてなしのデザインは、万人に理解してもらえることよりも、わかる人をがっかりさせないこと、わかる人には喜んでもらえること、したりほくそ笑んでもらえることが重要だ。
写真右奥のAME、YUK、共用の玄関ホールの格子扉を開けたところからが、YUKの専用エリア。階段室には荷物用のエレベーターも配備する。
狭い定型の京都の町家の構造に、ある程度の大きさを必要とする定型の荷物用エレベーターを設置するには難儀した。
今回の設計では、階段の蹴上の高さ、踏面の奥行きは現代のものを採用したが、従来の京都の町家をリノベーションして宿にしているプロジェクトの階段の設計では既存のそれらを再利用している例もある。或いは、新規の階段であったとしても、建築の確認申請を提出しない前提のプロジェクトにおいては、非常に急な階段の設計をしている例も少なくない。京都の人達は急な階段に慣れているセイなのか、単純に平面の面積をロスしたくないからなのか不明であるが、現状の事実である。
にもかかわらず、2階にリビング、クローゼットを配置し、その急な階段をスーツケースを持って上がってもらうことを前提にしている一棟貸しの宿に何度も出くわしている。宿泊料が安い宿であったとしても、宿として非常に危険な設計であることに大きな疑問をもっていた。
まずは、それを現実的に解決できたのは成果の一つであった。